SSブログ

フェルメール「地理学者」とオランダフランドル絵画展 [展覧会]

フェルメールが来てると言うので行ってきた。
ここに記述する事ではないのだけど、東日本大地震以降、
あらゆるスケジュールが吹っ飛んでしまった。
吹っ飛んだと言うか、優先順位の変更と、それこそ生き方の見直しみたいな事まで発展していた。
自分の中で絵画鑑賞は、とても大事な事だと思っている。
それ故、観る時は、文字通りの心構えをしてから行くものだと思っている。
その心構えが飛んでしまっていたのだと思う。
ま、飛ぶのは当たり前と言えば当たり前なんですけどね。
約50日経て、自分の継続的な震災に対する心構えと
生活を戻すことが一段落する目処が立ってきたので心構えが出来てきた。


ざっくり展覧会全体の感想から。
とても質の高い作品が揃っていて、充実した展覧会になっていた。
今回のそもそもの発端は、フランクフルトのシュテーデル美術館と言う所が、
が全面改装の為に実現したとの事で、
この美術館の持つ17世紀オランダ絵画をほとんど借り受ける事が出来たらしい。
つまり欧州の美術館のワンフロアをそのまま持ってきたようなもので、
このような事が無ければ、ここまで質の高い作品を日本で揃える事は不可能である。
前にブログで書いたけど、ひとつのテーマで日本で海外の画家の作品を集めるというのは、
無理だと思う。お金の問題より、単純にそんなに集められる訳が無いのだ。
通常、他の美術館で常設展示されているものを持って行かれてしまうと、
その美術館としてもウリが無くなって困ってしまうから。
そして、そういう質の高い作品は、欧州の美術館にばかりあるのである。
元々、そこにあったんだからしょうがないという事である。
そして、そういう質の高い作品は、海外に流出させてはいないのだ、あちらの美術館は。
文化的に美術に対する考え方が違う。

今回は、そういう意味でとてもラッキーな展覧会である。
それぞれの作家の脂の乗った作品群が並んでいる。この時代の作品の質の高さというのは、
正にテクニック、そして集中力と使っている材料の質。だと思う。
作品から感じる緊張感と冒険心と言うか。
特に静物画の作品には、そのような雰囲気を感じた。
卓越したテクニックとその中で新しいものを取り入れようとする好奇心が溢れていて
とても愉しい作品が多い。
人によっては、虫や狩猟の獲物が好きでは無いというかもしれないが、風俗画を含む
文化の違いだろう。個人的には、文化と考えあまり気にならない。
むしろその違いがある事を楽しく感じる。
果物、草花、食器、装飾具を精密に描き、構図を考え抜き、そこに+αの遊びを加えて
絵画として完成させている。なんと裕福な時代だったのだろう。
色々な想像をしてワクワクする。
特に面白いと思ったのは、「森の地面の絵」と呼ばれるジャンル。
その通り、地面にいきなり果物や食器などが無造作に置かれているという静物画なのだが、
背景に主の家の門が描かれていたりして、絵の依頼主の階級が分かるように
なっていたり工夫がされている。置かれている食器も、この時期のオランダの繁栄が
色濃く分かるようなモチーフが描かれているのも興味深い。
絵の中には中国の陶器が描かれていて、その裕福さを象徴していると共に
ここに文化的交流があった事にも興味が及ぶ。
第一、きちんと陶器に描かれている柄が中国の風景だったりするのだ。
その他狩りの獲物が描かれている静物画も動物と共に狩りの道具などが精密に
描かれていて、その頃の武具、装具が分かって面白い。

では、作家の話をば。
まずは、今回の目玉フェルメール「地理学者」。
以前、ルーブル美術館に行った時、これと対になる言われている「天文学者」
を観ていたので、やっと二つを観る事が出来た。
いつか、対に飾った展覧会をやって欲しいものである。
本物を観て、やはり感じるのは、光の白の美しさだ。この絵の中では特に
学者の前に置かれた地図の、光がそこに見えるような白さである。
そして、その地図からの反射光も受けたかのような学者の顔の光の影だ。
また、着ている洋服にかかる光の色も(あいかわらず)秀逸である。
この絵を観ていると、フェルメールが布に青を用いる事が多いのは、この光源を
考えた上でのチョイスのような気がする。青に白、そして黒、青を挟んだ白と黒のコントラスト。
光を美しく魅せる色が、フェルメールの青なのかもしれない。
今回面白いのは、窓の部分が高く取られていて、タンスの上にある地球儀やその先の地図にも
光が届いている事である。光が当たる事でモチーフを繊細に描けると共に、
文字通り、この部分にも光が当たり、絵の主人公である地理学者の尊厳を讃えているようにも感じる。
そして、この絵のハイライトは、主人公の表情だろう。
目線がどこにあるか分からない、だけど本当にこの瞬間、絵のように静止をしていて
何かヒラメキの瞬間を迎えたような、次の瞬間には地図にまたはノートに何か大切な
発見を記述し始めるような、その決定的瞬間を写真のように切り取っている所が、
この絵を贈る相手への尊敬と、相手への想い(学者にとってのヒラメキの瞬間は最高の瞬間でしょ)
が感じられて、その愛情に素直に感動する。

えらく長文でフェルメール賛辞をしてしまったが、実は今回の展示で私が一番感動したのは、
レンブラントの「サウル王の前で竪琴を弾くダヴィデ」であった。
これは決して絶対値での評価ではなく(第一、絵画の絶対的評価って何だろう)、
今まできちんとレンブラントを観て来ていなかった自分の中での振り幅の大きさである。
レンブラント、、、今までも小品は数点生で観ているし、肖像画も数点観ているはずである。
(光と影の使い方が巧い)という枕詞により肖像画を観た時もなるほどな!と分かっていたような
フリをしていただけなのだと思う。
そして繰り返しになるが、傑作はなかなか日本では観れないのだ。
今回のこの絵は、まさしくレンブラントの傑作の一品だと思う。
物語の一遍を切り取った作品という事であるが、その物語が動く。正にその瞬間の空気と気配を
卓越したテクニックと演出で描き切っている。
中央の王が怒り出す瞬間なのであるが、この王様の表情、手に持つ槍への力のかかり具合、
それをドラマチックに魅せる構図と光の当て方、色の美しさ、非の打ち所の無い傑作である。
光は王様の上半身全体にかかっており、ターバンやペンダント?の装飾を精彩に描き、
王の威厳を表しながらも、決して精彩ではない顔の表情によりまるで気が放れているかのように
怒りを表現する。構図としてはその槍を握る手を中央に持って来て、まるで手が震えて
いるのさえ見えるほどこちらは精彩に描いている。
構図、描き方と光のコントラストで、ここまで感情を描き切った絵にはなかなかお目にかかれない。
つまりレンブラントとは、そういう事なのだろう。
光、構図、色、精彩さを駆使して絵の中に物語を籠められる画家なのだ。
いわゆる物語の部分は、生で観たほうが確実に伝わる確率が高い。
特に名前を聞いた事がある画家などは、先に先入観をもってしまっているから。
テクニックの上に、絵から放たれるパワーを描ける画家にこそ私は惹き付けられるのだ。

さてもう一点。
ニコラース・マース「黒い服の女性の肖像」と言う絵も美しかった。
これは、ひとつの点に特に感動した。黒の美しさである。
この頃のオランダの正装がそうなのだろうが、黒い服を着た肖像画が多かったのだが、
その中で、この絵の黒の美しさは群を抜いていた。
もしかしたら実際の洋服の生地が、このドレスのものが格段に美しかったのかもしれない。
(この絵のドレスは説明によるとフランスの影響を受けているとある。)
ただドレスが美しかったとしても、あのように描けるものなのだろうか。。。
比べられる黒が、この会場には無かった。あんまり好きな言い方じゃないけど奇跡の色合い
だった。ニコラース・マース、覚えておきたい。

他にも、好きな画家だと思っているフランスハルスの肖像画もあったのだが、
笑顔の画家の絵としてはちょっと固いかな(もちろん依頼主の意向でしょうけど)
という感じだった。全体として、他の肖像画より明るくて素敵なんですけどね。
また、スナフキンのようなマイケルのような大きな帽子を被った赤が基調の肖像画や
シュールリアリズムのようなちょっとした歪みが面白い肖像画もあった。

とにかく全体的に美しく楽しい作品が多かった。
このような展覧会に出会える機会は、本当に少ないと思うので、堪能させて貰った。
フェルメールがコレクションにある事もあり、展覧会の宣伝としてもかなり成功したのであろう。
仮にフェルメールが無かったとしても、行きたいと思える展覧会だったと思う。
ただ、なかなかいい展示会だと分かると言うのは、本当に難しい事なんだろうなとも思った。

個人的には、フェルメール全点踏破への気持ちが高まりました。
これは、やっぱりやらないとね♪
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

悪人レイ・ハラカミ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。